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Archive for the ‘書の道’ Category

子持ちなんですね、私もです

11 月 18th, 2008

こうやって見ればなんて贅沢な夕食だ

今日も鍋の予定だったが、スーパーで見つけた子持ちかれいがあまりにもおいしそうだったので、気付いたらバスケットに入っていたのだ。

最近は毎週のように実家に帰っているのだが、帰るたびに母に「あんた、何食べたいん?」と訊かれるので、子持ちかれいの煮付けが食べたいと都度答えているにもかかわらず、なぜか食すことができず悶々としていたのだ。

今夜はこれをちびりちびりと肴にしながらゆったり飲む予定であったが、ぱくぱくとあっさりさっさと食べきってしまい、しかも少し物足りない。はぁ、食欲の秋と言えど、せめて飯くらいは私の酒に付き合ってくれてもいいのに。

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さんまさんの歌声が脳内をこだましている次第

3 月 9th, 2008

お水取り

お水取りに行って来た。昼に家を出て、車で奈良へ。月ヶ瀬梅渓に寄ったが、ほとんど梅は咲いていなかった。ということで、奈良公園へ。

案の定程良く渋滞していたが想定内。「墨の香や~」の古梅園は土日祝日休業とのことで、とても残念。奈良公園に着いたのが夕方5時過ぎで、東大寺大仏殿も閉まってしまいその顔を拝めず。とりあえず鹿にせんべいでもやることに。

モテモテ '08

モテモテである。
といっても彼等のお目当てはもちろん鹿せんべい。オス鹿なぞ「ズン、ズン」と、「はよくれやわれ~」ってな感じで頭突きしてくる始末。角が生えていたら、これはただごとならない事態である。そしてせんべいが無くなると、さっさと無視される。せんべいの切れ目が縁の切れ目である。

6時から二月堂のまわりで待機することに。松明持って走るのは7時から。寒いので、缶コーヒーを買って飲んだら思わぬ逆効果。飲み終わった缶が冷えて、それを持っている手がとても冷たい。混雑しているので、下に置いたりしたら誰かが踏んでケガしたら大変だし。くれぐれも缶コーヒーは開けずにポケットの中で手を暖めておくに限る。

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も~えろよもえろ~よ~、炎よも~え~ろ~♪

2 月 3rd, 2008

MANASLU 96で湯を沸かす

結局、マナスル96にした。灯油ということで燃費が安く、構造が簡単で、メンテナンスが容易という点から決めた。とても気に入っている。

で、購入して既に2週間ほど経ったのだが、何回か使ってみて思ったこと。

プレヒートにはアルコールを使っているのだが、しっかりやればちゃんと点火できるのだが、でも失敗する。成功率は6割ぐらい。理由は、単に3分が待てなくてフライングしてしまうから。仮にすすだらけになっても、ちゃんと燃焼した状態をしばらくキープすれば結構すすはとれるのだが、まぁ少々使った感がある方がいい。

風が強いとか、ノズルが詰まってきたりすると炎が赤くなりすすが増える。圧をかけすぎると生ガスが出て調子が悪くなる。案の定火力調節は難しいが、全くできない訳ではない。と、結構かわいいやつ。燃焼中も素手で持ち運びできるし、室内で使用してもかなり安全っぽい。軍手をしていたら、燃焼中の風防とかでも取り外せる。

作りもシンプルで丈夫そう。堅いところに叩きつけないと壊れなさそうなくらい(もちろん構造的に弱いところはある)。ゴーっていう燃焼音も心地よい。湯を沸かしたあとも、火を消すのが惜しい。消すとき、消える瞬間のポッっと最後にちょっと明るくなるところがなんかうれしい。

とまぁ、今のところとてもいいおもちゃである。もうすぐしたらハイキング・トレッキングによい季節。楽しみである。

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11月も終わる

11 月 30th, 2007

ひさしぶりに書いたものをアップする。

鱒

なんで「鱒」かというと、今日 「鱒」を見たからだ。

なんか気分が変になりそうだったので、ふとした思いつきから嵐山・高雄パークウェイへ紅葉狩りに行った。

紅葉

・・・絶景である。
真っ赤。

今日は良い天気だし。

で、パークウェイにある鱒の管理釣り場のほとりで釣り人が釣り上げているのを、「あ~、釣れてるなぁ~」って呆けながら眺めていたのだ。

で、そのあとついでに車を走らせて茅葺きの里、美山町の道の駅へ。

気分的に「鱒」の気分なので、あまごの甘露煮を購入。
ついでに鯖寿司も買って小腹を満たした。

あまごの甘露煮

明日から12月なんてなんだか信じられないなぁ・・・。

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くろねこ、金魚を狙う

11 月 30th, 2007

くろねこ

朝、外へ出たら、黒猫がいた。
カメラを向けたらいっちょまえにポーズをとっていた。

次の瞬間、うちの金魚を狙いだした・・・

油断できないものである。

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昼から手に筆を

11 月 5th, 2007

今日は昼間から書きたい気分だったのだ。

臨書

なかなかお手本の通りには書けないのだ。
だから面白いのだ(とは言え、最後の方は集中力が切れて書き殴りみたいな状態だったが)。

ちなみに昨日から妻は友達と伊豆へ旅行している。
カメラを持っていったので、やむなく携帯で撮ったのだが、こりゃひどいなぁ・・・。

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今日の書、しつこいですが、「意」

10 月 20th, 2007

今日も結局、「意」を書いた。

意

今までは猫の毛の筆で書いていたが、今回は兼毫筆で。
ただ、眼を閉じて書いてみた。

ということで、字が右によってしまった。
筆から手に伝わる筆先の感触だけを頼りに書いてみたのだが、思ったよりイメージ通り。良くも悪くもイメージ通り。右肩上がりなのがちょっといやらしい。個人的にはもっとひねくれた感じが出て欲しいなぁと思っていたのだが、まぁそれは眼を開けているいないは関係ないだろう。

ただ、眼を閉じて書くという行為は、視覚に依存しすぎず書くという意味でなかなか面白い感触だった。あくまで自己満足の話だが、指先、左手、命毛に今まで感じたことのないほどの神経が通っていた感覚は新鮮だった。

今週は忙しさにかまけてなんか適当というかいい加減というか、いやむしろ忙しいことを言い訳にだらけてしまった。あかんなぁ・・・、反省。

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欲しかった物をやっと買えました

10 月 14th, 2007

欲しかった物が、今日やっと買えた。

これ

筆筒

「ただの竹筒やん」、ごもっとも。
「こんなんわざわざ買ったん」、はい、ごもっとも。

320円でした。
安いのか高いのか正直わからない。

筆を立てる筆筒が欲しいとは思っていたのだけれど、陶器のものではなく竹か木でできているのがいいなぁと思っていた。でもあまり凝ったものではなく、シンプルなものが欲しかったのだ。使った筆は必ず穂先を下にもしくは横にして干すので、筆筒は乾いたあとの筆を置いておくためにあったら便利かなという感じ。正直最近使わなくなったビールジョッキを使おうかと思っていたが、今日たまたま竹細工店に手頃なものがあったので購入した。

というか、前々からずっと竹筒の筆筒が欲しかったのに、ずっと探していたのに、これがまたどこを探してもなかなかなかったのだ。

当たり前にどこにでもありそうなものほど手に入りにくい、そんな気がした。
そして持って帰ってみても、既になんか大分前からうちにあったような顔をしているのがちょっと生意気で、もう少しときめかせよとも思い、そして微笑ましい。たかが竹筒、されど竹筒。

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久々に寺町へ・・・

10 月 13th, 2007

まず、親友がMINIを購入し、その車の納車日が決定したそうだ。とてもいい。親友は待ち遠しくてたまらないだろう。その納車日までの何とも言えないワクワクは、親友にとって神様がくれる何よりのご褒美だろう。
で、私はその報告に対するコメントで、言い訳だが酔っぱらって帰ってきていたのもあって調子に乗ってしまったのだが、まぁ長々と意味不明のコメントを書いてしまった。zonさん、すんませんでしたm(_ _)m

で、今日の本題。
久々に寺町探索してきた。と言っても、21日にある金魚の品評大会の賞品のためになのだ。画家の役員さんが提供してくれる絵の額を購入しに行ってきたのだ。

その方に同行して、額を決めた後、近所にあるギャラリーや画廊をひとまわり。
色々と勉強させて頂いた。

色々まわった中に、棟方志功さんのギャラリーもあった。
中に、「すごくいいなぁ~、これ」という作品があったが、当然値段は高級車級。

逆にという表現が個人的に嫌なのだが、生きてらっしゃる方々の個展の作品の値段は、「これでは儲かるどころか・・・」というお値段(お安い訳では決してないですが)ということも学んだ。その理由も、最近の寺町めぐりで言われなくても解った。
でも、すごく「ええなぁ・・・」っていう作品にも出会えた。

で、無事額装した後、その先生をお送りして、私は書道具店巡りを久しぶりにした。

古梅園で1975年製五つ星紅花墨(おそらく1.5丁)が定価(税込み6300円)で販売されているのをみて「欲しいなぁ・・・」と思っていたら、10月26~28日に大感謝祭をするので、その時には3割引になるので待ってもらえるならお得ですよとなじみの店員さんがチラシをくれた。この機会に是非とも購入したい。ひとつかふたつ、お取り置きしてもらおうかなぁ・・・。生まれる前の年に作られた墨が、前の冬に作られた墨と同じ値段というだけでもかなりお得だと思うのだが(しかも古梅園五つ星紅花墨)、もう気になって仕方がない。これもまた幸せ。

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今日の書「意」

10 月 10th, 2007

今日は、昨日何気なく書いた「意中」という言葉が面白かったので、それをモチーフに。
しかし書いているうちに、「中」の字はいらんのとちゃうかなって思ってしまったので、「意」の字を書いてみた。

意

「意」、思い、考え、胸の中、腹のうち。
私の中では、「意」というのは思いの中でもかなりベクトルがはっきりしているものを指すようなイメージがある。
昨日書いた「意中」とはまた違った雰囲気に書いてしまった。まぁ、意図的にあのくりくり感を出すといやらしいし、一文字ならばやはりまた形は自ずと変わってくるし、もちろんその日の心境や雰囲気、気分などにも左右されるやろしなぁ・・・。
個人的には、もうちょっとくだけたというか、がっとざっとばっと書いたら良かったかなぁとも思うけど気にしないでもう寝ます。

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今日の書「微風」

10 月 9th, 2007

今日は「そよかぜ」と書いてみた。
なんか物足りないので、「意中」という言葉を添えてもみた。

微風

日々の生活にも、世の中にも、微風欲しいねって思って書いた。

で、3枚書いたんですが、今回アップする作品としては漏れた中に面白いのがあった。

意中

作品の一部だけの紹介やけど、なんかカワイイなぁって自分で書いて思ってしまった。
それもまた、書の楽しみのひとつなんやろなぁ・・・。

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今日の書「妙理」

10 月 8th, 2007

今日の書、「妙理」

妙理

「冥利に尽きる」の冥利ではなく、妙理。
幽玄な発想。
この「妙」の字に、女偏が使われているのはさすが昔の人と感嘆する。本質的な、本能的な理屈(理解の有無を問わず)に関しては、男より女性の方が一般に強い気がするのは私だけかな?

最近、周りの人に、
「習字始めたんですね」
って言われる。けど、必ずこう返してる。
「いや、筆で字は書くけど、習ってないですよ」って。

もちろん字がへたくそだから、多少は巧くなりたい。
けど、筆で字を書く機会って今のご時世、展覧会の入口や結婚式の受付で署名するときに、しかも筆ペンでというくらいのものだ。実用ならばペン習字を始める。

先人達の筆跡をたどることはする。それは、その時その人がどのような状況でどんな心境でこの書を書き上げたのかを少しでも知りたいと思うからである。あとは多少の技術向上のための練習。
先人の書に人生を習うことはあっても、真似をしたいのではなく、「誰某風」な書を書きたいのではない(憧れる書風はあるけど)。一日の終わりに墨を磨って、ちょっと練習して、それから書きたいように書くという「趣味」以外の何物でもなく、私の自己満足以外の何物でもない。別に芸術家気取りになっているのでもなく、ただ字を書いて、それが楽しいだけ。なかなか解ってもらえないけど、解ってもらう必要もないし、別に気にしていない。絵を描くのが好き、歌を唄うのが好き、好きだから下手とか上手いとか関係なくやってますっていうのと同じなのだけどなぁ・・・。

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(書の)道の第一歩

10 月 4th, 2007

私のブログにある「お気に入り」にも入れさせていただいている、多木 洋一さんの「書を楽しむ法」にあるこの言葉、

「これは私です。下手ですけど私です。ちょっと気取ってますけど私です。文句ありますか?」

作品を書いて、いや作品ではなくてもかまいません。なにか成し遂げて、この一言、吐けますか?

吐きたいです。
吐こうと思います。
仕事ならなおさら、
趣味でも、いや趣味ならなお吐きたい。
吐いてから死にます。

生きていれば、何かする。
それがその人の生き様であり、それ以上でもそれ以下でもない。
下手でも、気取ってても、「私」であるならば、それは善し悪しではなくその人の生きた証。

「文句ありますか?」
文句あってもええんですよ。
趣味だから、いや私の生き様だから。

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今日の書「無敵」

10 月 2nd, 2007

練習の残りの墨で書いた。

無敵

ここで言う「無敵」というのは、向かうところ敵なしという意味ではない。

「敵って、誰だろう?」

このことについて、私はもう数年悩みつづけているのだ。

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水厳硯のレビュー

9 月 27th, 2007

先日、香雪軒にて大西洞水厳硯を購入したのだが、その使い勝手を現段階わかる範囲でちょっとだけ。

墨おりがとても良い。じゃぁ羅紋硯みたいにガリガリ磨れるのかというと、きめ細やかなのでそうではない。
これぞまさしく、「おぉ、さすが端渓!」である。
おかげで、いつもの感覚で墨を磨ると磨りすぎて墨液が余る。

さすがに熱釜塗臘という感覚まではいかないが、以前に書いたように、この硯は思いっきり実用硯だと思う。
普段にガシガシ使ってこそ価値のあるものだろう。

そしてやはり墨堂が素晴らしい。
惚れただけある。この墨堂に惚れて購入したのだから。
子供のほっぺというか、女性の内股などとよく比喩されるが、本当にそうだと思う。

なんか適度に湿っぽく、ほのかに温かいのだ。

この感覚は正直触り比べないことにはわからないと思う。
指の腹で撫でるのは常套手段だが、手首の甲で撫でると良くわかる。もしくは指の関節の甲で。
子供のほっぺを手のひらでなでると自ずとフィットしちゃうので解ったようで解りにくいのだが、手の甲で撫でると産毛ときめ細やかな肌の感触、そしてほの温かい感じが伝わってくる。私の肌で一番きれいなままのところは二の腕の下側だと思うのだが、正直比べものにならない。石なのに、ほの温かいのだ。石に負けた。

しばらく、多分これから長い間、この硯をメインに使っていきそう、そんな感じである。

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