
現在、お茶に関する仕事をしているため、最近近畿圏各地のお茶の産地を訪問してまわっている。
どこもお茶どころだけあって、ものすごくおいしいお茶でもてなしてくれる訳である。
ひとつ、印象的だった出来事を記したい。
先月、全国的に有名な茶の産地にある某茶業試験場にて会議があり、私もそこに参加した。名高い産地の試験場である。言うなれば、この試験場の人たちは茶のプロの中のプロ。参加者の期待は高まるばかり。当然、「さぞかし旨いお茶が飲めるのだろう」と。
しかし、誰ひとりとしてそれを口にはしない。黙ってお茶が出てくるのを待っている。ものすごい緊張感が会場を包む。あるものは配布資料に目を通す振りをし、あるものは目を閉じてすました顔をしている。不気味な光景である。もう不自然でぎこちない動きしかできない。動こうがじっとしていようが、もうこの期待と緊張感に誰も耐えられないのだ。
「粗茶ですが」ついに、待ちに待った一杯が皆の手元に配られた。しかしである。誰もが飲みたくて飲みたくてたまらないのに、誰も口を着けようとしない。もはや滑稽ですらある。憧れの一杯は、いつしか畏敬の存在に変わってしまった。これが、この一杯が、もし期待したほどじゃなかったら、この場はどうなるのだろう、と。窓の外の日差しのせいで暗く感じる会議室が低音で秒針を叩き続ける。それはどことなしか、嵐の前の静けさに似ていた。
誰からとなく、自ずと皆が茶碗に手を伸ばした。煎茶である。香りは甘く透き通っている。震える手をおさえながら、一斉に一口すする。次の瞬間、我々は顔から火が出るような思いをした。我々が無言で課した高すぎるハードルを、その一杯の煎茶ははるかに超越していた。中途半端にしては強すぎる期待と欲望を見透かされたことが恥ずかしくて、本当に赤面してしまった。そのお茶の味は、ただただ「今まで飲んだ中で最高においしい」だけだった。
後日、そのお茶を煎れてくれた方に、あのお茶についてお話を伺った。曰く、「私たちも驚くくらいおいしく煎れたお茶でした」とのこと。良い茶葉を良い水ですばらしい技術をもって煎れたのは当然ではあるが、神様は時におもしろいことをしてくれるものである。
この方が、比較的簡単に素人でもおいしく煎れられる方法を教えてくれた。水出し緑茶である。
1.煎茶15グラムに水1リットルを注いで一晩冷蔵庫で寝かす
2.翌朝、茶葉を茶こしで濾してできあがり
試しに他の試験場からいただいた茶葉で煎れてみた。ものすごくおいしい出来具合である。興味のある方はぜひ試していただきたい。そしてぜひとも、良い茶葉とお好きな水を使っていただきたい。それでもペットボトルのお茶とあまり値段的にはかわらないはずだと思う。味は言わずもがなだ。
ペットボトルのお茶は、そこそこおいしく、そして何より便利だ。しかしお茶の文化を守ること、本当においしいお茶を飲むことを考えたら、可能な限り自分で煎れていきたいものである。そしておいしく煎れられるようになりたいものだ。
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このところ仕事でも野外で写真を撮る機会が多いのだが、現実逃避したくて「あぁ、ハマダイコンの花を撮りに和歌山行きたいなぁ・・・」などと本気で考えてしまう。たかが大根の花の写真を撮るだけのために和歌山に行くとか以前は考えることもなかったし、そんなことをつぶやく同僚を理解することもなかったが、今はその気持ちがものすごくわかる。
銀塩からデジタルカメラに替わり、シロウトがRAWデータを自分で現像(という表現が妥当かどうかは別として)できる時代。これは写真を趣味にしている人からすれば夢のようなことらしいし、実際そう思う。今はUFRawを使用しているが、もう少し便利な現像ソフトが欲しいところ。コーヒーをすすりながら気に入った写真をイジイジするのも、なかなか良いものである。
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現在我が家には、梅干しがいっぱいある。
先日奈良に行ったときに購入したのと、パーティーのおみやげが梅干しだったということでかぶったからだ。
ちなみにこのパーティーのおみやげでもらった梅干しだが、南紀特産の極大粒の南高梅をひとつひとつ包装し、それをさらにひとつひとつプラスティックの容器に入れた超高級品。かの陣内智則さんと藤原紀香さんの披露宴での引き出物にも使われたものとか(よく見れば「紀香」という名前は「紀(州)の香り」やなぁ)。「この一粒がショートケーキ並の値段とは!」と恐る恐る口にするも、その味わいに納得。皮は薄く、種も小さく、実は溶けるように軟らかく、高級果実と考えればむしろ安いかと。茶請けとしていい感じだ。
で、最近の梅干しというのは非常にマイルドで、幼い頃に食したあの酸っぱすぎて眉間が痛くなるようなのにあまり出くわさない。ところが奈良で購入したのは「昔ながらの梅干し」というもの。現地で試食したところ、最初は「お、ちょっと酸味きつめ」と思うくらいだったが、しばらくすると塩分と酸味の相乗効果で顔が引きつるくらい酸っぱくなった。最近の弁当にはこの梅干しを入れているのだが、非常に飯が進む。もちろん酸っぱすぎておでこが痛い。
なんでもマイルドな梅干しの塩分が約7%なのに対し、昔ながらのやつは約20%らしい。しかしこの塩分、疲れているときには効果絶大みたい。これのおかげで「もう一踏ん張り!」という気にさせてくれるし、実際体も少し疲れを忘れているようだ。そういえば以前喫茶店で、疲れてそうだと梅昆布茶を出してくれたことがあった。確かにあの時はいろいろ行き詰まっていたのだが、梅昆布茶の塩分と梅の香りで元気が出たなぁ。梅の効能か塩の力か、もちろんマスターの優しい心遣いがいちばんの薬だったのだろうが。
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昨日の晩のこと。
コーヒー飲みたいなと思い、ひとり車で近くの山へ。山と言ってもすぐ近くに民家がある。ちなみにこの場所は以前サワガニのソテーくんを見つけたところなのだが、そんな昔の話を憶えてくれている方もいないだろう。懐中電灯の灯りを頼りにストーブを組み立てていたら、ふと後で何かが動いたように見えた。
あたりは真っ暗。私以外に誰もいないはず。恐る恐る振り返ると、そこには木に映し出された私の大きな影が・・・。「あるある~、自分の影にビビること~♪」と顔を戻すと、5mくらい向こうに5,6このちいさくて青い光が動いている! 「うひゃっ、あひー」思わず声が出てしまった。
懐中電灯を向けると、鹿が3頭こっち向いていた。逃げる気配も無く、ゆっくり歩いて通り過ぎていった。むっちゃビビった。久々に顔の血の気が引いた。
まぁ、いい歳して何に怖がっているのかと笑われそうだ。あと、お外で飲むコーヒーはやっぱり格別。
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この動画にインスパイアされたので、マナスルとコッヘルで再び米を炊いてみた。今回は炊き込みご飯。
まず米を1合を

水の許す限りとぎ

30分水を吸わせた後、水加減(適当)と塩昆布、ホタテ貝柱の缶詰を投入

強火で一気に沸騰させる。
沸騰したら火を可能な限り弱め、クッカーを持ち上げて火加減。途中2回ほど、蓋を開けてよくかき混ぜる。

香ばしい匂いがほのかにしたら火から下ろし、ひっくり返して10分。

炊けた。
少し粘り気が出ているが、それは表面だけなので気にしない。

お茶碗に盛って出来上がり。

上手に炊けた。とってもおいしくいただいた。
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アルコール摂取により恐怖の記憶が長く残るという実験結果から、飲酒によるストレス発散は逆効果かもという記事が載っていた。興味深い結果ではある。
がしかし私はむしろ、酒はストレス感じているときの方が旨いから呑むのではないかと思う。
まぁ幸せいっぱいというのも良い意味でストレスを感じているのであり、喜怒哀楽が強いときの方がそうじゃないときよりお酒がおいしいから呑むんであって、論理が逆。いらいらしているのを晴らすために呑むんじゃなくて、そんな心境のときに呑むのがおいしいのだ。別にど~ってことない日に呑んでもおいしいとかどうとかあまり感じない。
つまりだ。旨い酒を呑もうと思ったら、まず何よりストレスを溜め込まなければならない。上司から理不尽に叱られ、部下は言うことを聞かず、自分もミスを連発し、仕事は定時に終わらず、あーもうイライラするってなったら準備完了。この必要条件を満たして初めて、酒や肴が旨いと感じることができるのだ。
まぁ、実験結果を否定する訳では無いし、むしろ身に覚えが。泥酔してこけて腰を強打し、救急車で運ばれた記憶は未だに鮮明である(ん、なんか逆?)。ちなみに昨夜は入院していた呑み友達の快気祝いフットサル&飲み会だったのだが、実験が終わらず参加できなかった・・・(T_T) 今日ははやく帰っておいしいお酒を呑みたいものであるのだが、上記の通りそうは問屋が卸してくれないし、意に反して今日もおいしいお酒が呑めること必至である。
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ほぼ毎晩マナスル96で遊んでいる訳だが、昨日は米を炊いてみた。
相棒のチタンクッカーで米を炊くのはずいぶん久しぶり。
ただ、今までこのチタンクッカーで上手く米を炊けたためしがない。
そこで本屋で立ち読みして得た知識を総動員して炊いてみた。
主な注意点は以下の通り
・30分は米に吸水させる
芯が残ったら最悪なので
・匂いに敏感に
おこげができた瞬間がいちばんうまいらしい
・途中でまぜる
「赤子泣いても」ではないらしい
逆に言えば、その他はアバウト。
炊飯の手順
1.米1合をよくとぎ、水に浸ける。
2.コッヘルに入れ、水加減(適当)をして火にかける
3.強火で沸騰させる
4.沸騰したら、鍋を持ち上げて火加減する(弱火にできないので)
5.途中でよく混ぜる(火の通りを均一にするため)
6.湯気が減ってちょっと焦げる匂いがしたら火から下ろす
7.ひっくり返して10分置く
とやってみたら、今までの中で一番の成功! 焦げ付きもほとんどなく、ふっくら炊けてとてもおいしい!
チタンクッカーだから上手く炊けないというのは、言い訳に過ぎないみたいだ。
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結局、マナスル96にした。灯油ということで燃費が安く、構造が簡単で、メンテナンスが容易という点から決めた。とても気に入っている。
で、購入して既に2週間ほど経ったのだが、何回か使ってみて思ったこと。
プレヒートにはアルコールを使っているのだが、しっかりやればちゃんと点火できるのだが、でも失敗する。成功率は6割ぐらい。理由は、単に3分が待てなくてフライングしてしまうから。仮にすすだらけになっても、ちゃんと燃焼した状態をしばらくキープすれば結構すすはとれるのだが、まぁ少々使った感がある方がいい。
風が強いとか、ノズルが詰まってきたりすると炎が赤くなりすすが増える。圧をかけすぎると生ガスが出て調子が悪くなる。案の定火力調節は難しいが、全くできない訳ではない。と、結構かわいいやつ。燃焼中も素手で持ち運びできるし、室内で使用してもかなり安全っぽい。軍手をしていたら、燃焼中の風防とかでも取り外せる。
作りもシンプルで丈夫そう。堅いところに叩きつけないと壊れなさそうなくらい(もちろん構造的に弱いところはある)。ゴーっていう燃焼音も心地よい。湯を沸かしたあとも、火を消すのが惜しい。消すとき、消える瞬間のポッっと最後にちょっと明るくなるところがなんかうれしい。
とまぁ、今のところとてもいいおもちゃである。もうすぐしたらハイキング・トレッキングによい季節。楽しみである。
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コーヒーの醍醐味は味よりもむしろ香りだと思うし、その香りを一番楽しめるのはカップに注がれたコーヒーではなくコーヒーをいれるときだと思うのだが、そうだとするとつまりこういうことになる。
客が自分でいれられる喫茶店は流行るにちがいない!?
カウンターでいれたいコーヒー豆を選んで購入し、コーヒーをいれる道具一式をレンタルして自分でいれる。セルフサービスというよりいれる行為自体を楽しみに来ているのだからむしろさせてくれ。コーヒーをおいしくいれられなくてもそれは本人の責任だから無問題。まぁ、洗い物の手間は格段に増えそうだが、道具のレンタル料金を人数で割る計算で考えればひとりより4~5人で来る方がお得になり、これは店にとっても得かも。豆の種類×いれ方とメニューは比較的増やしやすい。
そして自分が持っていない器具で気に入ったものがあれば、それも販売する。実際自分で使って判断するわけだから敷居が低かろう。購入した器具でいまいち使い勝手がわからなかったりした場合には、店舗で全く同じ器具を使って客に実演できるし、客もそこで練習できる。
そもそも、「茶店でヒマつぶすか~」という人をターゲットにしてないから、コーヒーをいれる分だけ客のいる時間が長くなっても結果的にはあんまり変わらないのではないかという気もする。
ただ致命的なのは、コーヒーは飲むことよりもいれることの方が醍醐味だと思う人がどれだけいるのか、いやおれへんやろということ。う~ん・・・。
ま、別に喫茶店を始めようと考えているわけではないので杞憂である。
ちなみに今、個人的においしいいれ方と自己満足しているのは、ペーパーフィルターでコーヒー豆を蒸らしてしばし忘れるというもの。こうするとうっかり忘れて何かの折にふとドリップしている部屋に戻ったときに、「あ~、めっちゃええ香り。コーヒー忘れてたわ」とすこしわくわくする。これを意図的に長時間ほうっておいてもあんまりおいしくない。一時期、体がコーヒーを受け付けてくれなくて、飲むと目がぐるぐる回ってひどいときには倒れたりと辛かったが、今はいたって元気なのでもちろんコーヒーもおいしくいただける。まぁ、そんな体調とか気持ちがいちばん、コーヒーの味を左右するかもしれない。
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久々に、チタンクッカーを引っ張り出して使ってみた。
これで作っていただくインスタントラーメンは格別。

このクッカーは、私が大学生の時に購入したもの。どうやら今はもう売ってないみたい。まぁ、似たようなやつが今はいっぱいあるからいいのだろうけど。


このクッカーには色々世話になった。フィールドでの調査の際には、拠点で朝起きてまず最初に米をこれで炊き、焼いたシャケとかを乗っけてふたしてそのまま弁当箱として持っていった。で、大体いつもそれだけではおなかが空くから、これでインスタントラーメンを炊いて食べた。ラーメンを炊こうと思ったら水を持ってくるのを忘れて、食べられなくてくやしい思いをしたこともあった。チタン製だからなのかへたくそだからなのか、これで上手く米を炊けた記憶があまりない。逆に、この鍋でラーメンを炊いたにも関わらず、器として使い汁を直接すすってもガマンできる熱さである。今はキャンプっぽいフィールド調査をまったくしなくなっちゃったから、戸棚の奥に埋もれていたのである。
ふつうのステンレスマグを入れて、なんとかしまえる大きさ。マグカップを入れなければ高さが2/3くらいにはなる。空焚きしたときに付いた焼き色が、あらためて見てみると結構青い。ふたがフライパンとして使えるようになっているが、ほとんど使ったことがない。
で、当然私はこれがどこにしまってあるかなんて知らないから、妻に出してもらった。「なんに使うん? ハイキングでも行くみたいな感じやね」と、なんか疑われ気味。あぁ、今は右手の人差し指の加減で商品が届く時代。早く届かないかなぁ・・・。
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って、死んだばぁちゃんが言ってた。
説明すると、こうだ。ばぁちゃんは厳しい家に育ったので、買い食いを許されていなかった。女学生だったある日、同じように買い食いを許されていなかった友人と一緒に、下校時に一度だけ駄菓子屋で酢昆布を買って食べたそうな。それだけの話。
しかし、察するにばぁちゃんは、とてつもないスリルとサスペンス、興奮にトリップしていたに違いない。まさか酢昆布の味を知らなかった訳ではなかろうから、忘れられない味付けはそれまでに仕組まれていたシチュエーションに負うところがほとんどだろう。ただ親に禁止されているというだけで、たかが酢昆布でなんと幸せなことだろうか。
私の場合、それに相当するのは小学生時代の「花火」だ。もちろん、家族でするのではない。3年生くらいだったろうか。友達とわざわざ自転車で隣町まで行って、ドラゴンとかネズミ花火とかを少ないこづかいで購入し、当時開拓中だった造成地で耐えきれずに明るいうちから火を付けて遊び始めた。
もちろん、ドラゴンやネズミ花火がどんなものかを知らなかったわけではない。子供が火遊びしちゃいかんと指導されている中、こっそり父のライターを持ち出し、人目につかないようこっそり買い出し、子供だけで花火をしたというシチュエーションに興奮したのだろう。しょうもないことだが、それが楽しかったのだ。まぁ、今思えば別に隣町まで行かなくても近所のおもちゃ屋で購入してもなんら問題は無かっただろうし、当然おもちゃ屋というのは子供に対してそういう配慮をするものだった。それに当時は、「とうちゃんのおつかいで」と言えば、子供でもタバコや酒が買えた時代だ。そういう風潮を良しと言っているのではない。人が楽しむのって、束縛とその抜け道みたいなものが結構重要じゃないのかなって、かつてもそう思っていたし、最近もやっぱりそうじゃないかなって再び感じてしまう。
このテーマについてはまたおいおい述べるとして、ばぁちゃんは親に買い食いを禁止されていて本当に幸せだったよなぁって思う。私も、子供は火遊びしたらアカンって教育されて良かった訳だ。ただ、今ふっと頭をよぎったのだが、このような思考回路の私はマゾなのか?
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作業するパソコンがネットに繋がっているから、仕事の合間にネットで遊んでしまうのだ(言い訳)。
とまぁ、最近はいろんな山や海を紹介しているサイトを観ながら脳内キャンプばかりしているのだが、そうすると自ずとグッズが欲しくなるのが関の山。こうなってくるとだんだん面白くなってくる。今物欲が高まっているのはストーブ。ストーブといっても、暖をとるやつじゃなくて、アウトドアで料理に使うやつ。コンロと言った方がわかってもらえるかなぁ。
野外で使うストーブも色々種類があるのだが、それはもちろん目的によってチョイスが変わってくる。私が考えている条件は以下の通り。
- お散歩のときにコーヒーを煎れたり、インスタントラーメンを作りたい
- 防災グッズとしても使いたい
- シンプルで部品も入手しやすく、メンテナンスが容易
といったところだろうか。普通は「燃料はやっぱりガソリンで」とか、「いや、今はやっぱガスっしょ」といった具合に何かしらとっかかりがあるのだろうが、今の私には「これじゃないと!」といったこだわりがないのでとても迷う。ま、なんだ、この悩ましいのが楽しいのだ。
で、私は今までに、ガスストーブとガソリンストーブ、あとおまけ程度に固形アルコールストーブしか使ったことがない。ガソリンストーブに関しては、びびりまくって所有者にあれこれ手取り足取り教えてもらいながら点火したにもかかわらず、炎上してちょっとしたトラウマだ。片づけの際、素手で拾ったガスストーブがまだ消火してまもなくでやけどしたこともあるのだが、これは注意力の問題か。というか、やけどが恐いなら使うなと言われそうだ。
以下、燃料の違い別候補とそれぞれの「使用したことないくせにインプレッション」を挙げる。
ガソリン:OPTIMUS No. 123R SVEA
キングオブストーブ。憧れの品。ガソリンというのがちょっと恐いのだが、慣れの問題か。
ガス:PRIMUS 153ウルトラバーナー
着火も火の調節も簡単そう。これを使えたところで優越感は無いだろう。
カセットガス:UNIFLAME US-TRAIL
上のウルトラバーナーよりも、カセットガスの方が今なら便利か。
ケロシン:MANASLU 灯油ストーブ96
火力調節はほとんどできないだろう。これを使いこなせたらカッコイイ(自己満足)。
その他:Esbit ポケットストーブ
燃料込みでもコンパクト。カップ一杯の湯沸かしには十分。固形アルコールが臭い。
といった感じか。ガスとカセットガスのストーブには今はあまり魅力を感じていないので適当なものを挙げておいた。山屋ではないので1gでも軽くというこだわりはないのだが、いざという時には確実に使いたいので、壊れやすい凝った機構のストーブは後々にしたい。災害時で喉がすごく乾いていて、やっとみつけた水が赤錆で濁っているとしよう。それを「おなか壊したらいけないから一口だけ」と飲むのと、浄水器で濾して沸かしてコーヒー煎れて飲むのとでは悲壮感が違いすぎる。もしもの時の一杯のコーヒーは万金の価だ(ということは浄水器もいるなぁ、ふむふむ)。
といった感じでネットで調べたり、本屋で立ち読みしたり、アウトドアショップで実物を見たりとしているのが楽しいな。気分転換のつもりなのだが、おかげで仕事がはかどらなくて困る。ケロシンストーブを使っている人を見ては「カッコイイなぁ・・・」と思っていたものだが、やっぱりちょっとやんちゃな火を扱う方が面白いだろうし、植村直己さんもケロシンストーブにこだわったらしいし、やっぱMANASLUかなぁ・・・。
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入院当日の朝、妻が運転する車に乗って病院へ。
入院手続きをして、指示された病棟へ行く。ナースセンターで「しばらくの間お世話になります」とあいさつをして病室へ。病室のみなさんにもまずあいさつ。
パジャマに着替えたら、すぐに身体測定。そうこうしているうちに昼食の時間。看護婦さんが持ってきてくれる。よく「病院のごはんはおいしくない」とか言うし、これから約1週間はここのごはんを食べなきゃいけないかと思うと少し気が滅入った。この食事後48時間は絶飲食なので、食事ともこれでしばしお別れ。ということで食べ始める。もくもくと食べる。
「ん? むっちゃおいしいなぁ・・・」
とてもおいしいのだ。味もいつも食べている食事より濃い。鯖の炊いたのなんて、居酒屋でそこそこの器に入っていたらいい値段しても当然の味している(ここの食器はプラスティック製)。あっという間に平らげた。食べ終わってすぐに次の食事が待ち遠しくなってしまったのだが、次の食事は48時間後。それまでは水も飲めない(T_T)
午後は担当の先生から手術についての詳しい説明。
「手術はおなかに3つ、小さい穴を開けて行うので、回復も速いですよ」
「はい、ありがとうございます」
「静脈瘤につながっている動脈を切ります」
「なるほど」
「で、動脈と静脈がくっついているので、両方切ります」
「なるほど、仕方がないですね」
「それとリンパ管もくっついているので、切らざるを得ません」
「はぁ、そうですか・・・」
「あと、手術の都合上、全身麻酔で行います」
「ぜ、全身麻酔ですか!」
・・・下半身麻酔かと思っていたので、麻酔の注射が痛いんだろうなぁと覚悟していた。しかし全身麻酔と聞いて、麻酔からちゃんと覚めるんだろうか、覚めたら別の人格になってないだろうかとか心配になった。よほどのことがないかぎり大丈夫なんだろうけど。麻酔を担当してくれる若くて美人な先生が「大丈夫ですよ、手術中つきっきりで見守ってますから」なんて言ってくれた。よろしく頼みますと笑ってお願いしたものの、その時の私はぜったい情けない顔をしていたんだろうなぁ・・・。
手術の前の夜は不安と空腹で寝付きが悪かったが、いつの間にかしっかり寝てしまった。
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今朝突然、携帯電話が鳴った。
上海に赴任しているmasaさんからだった。「実は今、京都におんねんけど、もし良かったら会われへん?」
なんでもmasaさんは出張で京都に来ていて、今日の夕方の飛行機で上海へ帰るとのこと。また錦市場でお土産にお漬け物を買いたいとも。ということで、四条の大丸前で待ち合わせることに。
大丸前でmasaさんと合流して、錦市場へと向かった。錦市場は京の台所。いつもは観光客でいっぱいのイメージだったが、今日は午前中に着いたのでとても空いていた。とりあえず、軒先に置いてある試食用の漬け物を食べながら寺町通まで行って引き返す。
私の妻はカイロプラクティックに行っていたので、昼食時に合流することに。どの店にするかを妻に委ねておいた。妻から「○○に12時半ね」と連絡があった。錦市場を一往復してもまだ時間があるし、masaさんはもう少しお漬け物を買いたそうだ。ということで、もう一往復。
ということで、漬け物で腹一杯とは言わないが、なんとなく満足感がある。もちろん、塩気は十分摂っただろう。その後私たちに私の妻も合流し、イタリアンのお店へ。ランチを食べながら楽しくおしゃべり。有意義な時間を過ごせました(^^)
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上海で青島ビールを飲んだときの話だ。
青島ビールの王冠を抜くと、昔持っていたビールのイメージが強烈に呼び覚まされたのだ。
なぜか。王冠に秘密があった。
王冠の内側に、コルクが貼ってあったのだ。
あの何とも言えない苦い匂いが立ちこめて、私の脳内は今の日本のビールに失われた「ビールってこうやろ」っていう先入観、いや「私にとってのビールそのもの」がよみがえったのだ。
今日、私の両親がこの夏に宮古島へ行って来たお土産の泡盛「菊之露」を呑んでみた。
あけた瞬間、私に沖縄がよみがえった。泡盛呑んで歩いた炎天下の西表島40km。台風が直撃して、だけどスキューバーダイビングのツアー客に島の全ての民宿押さえられて、ジャングルで風をしのいだ夜。泡盛呑みながら砂浜に寝ころんでいたらものすごい数の産卵しに来たヤドカリに身動き取れなくなった夜。一日に3時間しか眠る時間が無かった先輩の調査の手伝い、すべて懐かしい思い出だ。泡盛の風味が、私の中に眠っていた様々な記憶・風景・感情を呼び覚ました。
こういう体験は皆さんあると思う。一般には「プルースト効果」と言うらしい。
「匂い」とか、「味」とか、思考よりもひとつふたつ脳の内側を刺激しそうなものはこういう心理状況を生みやすいだろう。
デジャブとか、フラッシュバックというのはちと大げさとは言わないが、そう言うほどではないけども昔の記憶や風景、感情を呼び起こすものってあるよね。
しかし・・・
最近野菜が頼りない感じがする。
人間というのはサルの仲間だから、基本的に果実なら生食しても大丈夫だと思う。いわゆる、果物全般はその類だろう。
ところが、最近西欧食の一般化による「サラダ」と称する野菜の生食文化が根付きつつあり、それが様々な問題を孕んでいる。
寄生虫とかそのあたりは私はあまり気にしてはいない。問題は、植物が持つ2次代謝物質だ。大げさに言うと、植物が食べられにくくするために生産した毒素である。
よく、「虫が食べてるくらいだから、美味しくて安全なんよ~」とか言う人がいるが、植物にも「誘導抵抗性」という性質がある。何かというと、虫に食べられるまでは作らないけど、虫に食べられ始めたら食べられ過ぎないように作り出す毒素のことである。もちろん、場合によっては人にも毒であり、農薬よりも深刻な場合があるかもしれないのだ。
話はちとそれるが、中国ではあるアブラムシが着いたお茶が特別な茶葉として扱われる。これはそのアブラムシが着くことによって茶の木が生産する毒物質が特別な風味を醸すらしいのだが、難しいことにある特別のアブラムシが、たまたま茶の木に着くことによってしか生産できないらしく、普通そのアブラムシは茶の木を利用しないし、人工的にアブラムシを茶の木に接種しても定着しないらしい。この茶葉は非常に高価で取引されている。
話を戻すが、人間には安全な農薬と、害虫が誘導した植物の毒とでは、時と場合によっては植物の毒の方が恐いこともあるのだ。そもそも人類はこれほどの野菜を食べるに至ったのは加熱という無毒化によるものであって、安易に生食に走るのは危険なのだ。サルも体の調子が悪くならない限り、葉っぱとか食べないのだ。なぜなら一般に、葉っぱには毒があるから。
話がそれすぎた。例えばの話である。私が子供の頃、ほうれん草を生食なんてもってのほかだった。茹でて食べても、苦手な私はえづいたものだ。ところがだ。最近はサラダに生のほうれん草が入っていて、しかも全然灰汁がない。
こんなの、おかしいと思わないといけないと思う。
自然界では、毒を持たないと食い尽くされるのだ。それを、灰汁すら持たずすくすく育った野菜など、どんな害虫管理をしたのかが知りたいし、知らないと不安極まりない。味に影響しない効き目バッチリの農薬たっぷしで育ったのだろうか。日本の野菜はそれなりに厳しい規制で農薬も使えるのは限られているし、使うタイミングとかも限られているので、それをちゃんと把握していればそれほど気にする必要はないかもしれない。恐いのは、そんな規制のない国から、解らないよう加工されて入ってきたものを、しかも国内でさらに加工して何が何だか解らなくなった食べ物だ。
農薬も含めて、毒を全否定する気持ちは毛頭無い。むしろ食の「安全」を確保するために必要な場合すらあるから。
しかし、生産者がぜったい口にしないようなものを食べたくもないなぁ。
えづくほうれん草、辛い夏大根、えぐい茄子、種の無いとこだけ渋い柿・・・
こんなん食べたいって言うの、おかしいけど食べたい。
今やゴーヤ(苦瓜)ですら、あんまし苦くないし。昔キュウリはちょっと苦かったし。
野菜の灰汁、えぐ味を感じたい。
で、話最初に戻るけど、苦い臭いのするコルクの王冠のビールって、多分鮮度最優先の今日日「美味しくない」部類に入るんやろなぁ・・・。
でも、そんな苦くて臭いビール、呑んだら多分旨いんやろなぁ・・・。
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