「光秀、こら光秀っ、こっち、こぉぉぉっち!」
朝の会議の後。甲高い信長の声が、天守閣に響き渡る。
「・・・なんでございましょ、殿」
「やかましいわハゲ」 扇子と禿頭が何度も衝突する。「例の話に決まっておろうが。まったく、そちはワシの心を全然解っておらぬな。」
「あ~、何でしたっけ、猟師になりたい話でしたっけ?」
「しーっ、こっ、声がでかいわっ、このたわけがっ! とりあえずここでは何だ、庭へまいれ!」
「・・・光秀殿、また怒られてござるな」
「ここのところ、毎日じゃのう」
「いくら取り立てられているとは言え、あれだけ毎日毎日怒鳴り散らかされては、身も心も持たぬのぉ」
「そう言えば、八上城で光秀殿の母君が殺されたのも、殿が波多野兄弟を処刑なさったからだしなぁ」
「光秀殿、謀反でも起こすのではなかろうか・・・」
「おぉ、ここなら大丈夫じゃ。光秀よ、例の件、そろそろ実行するぞ」
「また寝ぼけたことを」
「たわけが! 余は本気じゃ」
「あ~左様ですか、鉄砲三千丁購入したのも確かそれが理由でしたっけ」
「そうじゃ、最高の一丁を手に入れるためには、どんな苦労も厭わないのじゃ」
「・・・えぇ、その苦労はほとんど拙者が被ったのですが。試し打ちが大変でした。そもそも狩りに銃を使うなんて考えること自体が無謀というか・・・」
「あれはしんどかったのぉ。でもそちもなかなかの一丁を手に出来たではないか」
「でもあの購入許可をとるのは大変でしたぞ。武田軍を撃退できたからこそ、結果論として良かったみたいなことになってますけど。でも天下統一も目前ですのに、いいんですか?」
「良いのじゃ。むしろ今辞める方が良いのじゃ」
「何故ですか?」
「そちも解っておろう、サルじゃ」
「やっぱり」
「あいつ賢いのぉー。ワシは刃向かう敵には強いけど、内側から崩されるのは苦手じゃ。あいつも野心家じゃからのぉ」
「ま、殿と秀吉殿は夫婦みたいなものですからな」
「その通りじゃ。皆の見た目にはワシが偉そうに振る舞っているように見えているだろうが、実のところここ最近はあいつの尻に敷かれているようなものじゃからな。こうなったらいっそ離婚じゃー」
「いいんですか、天下取りは」
「よいよい、天下はやつにくれてやる。ワシの身内もそちの家族も大方くらましたしな。それにしても、そちのご母堂、上手く入れ替えできたなぁ」
「えぇ、おかげさまで、いつ拙者が殿を裏切ってもいい雰囲気になってござる」
「これでワシが適当な寺に臆病な見張りに警備をさせておいて、そちは様子を見計らってワシの首を獲りにくる。しかしそのとき既にワシらは出雲か石見に雲隠れ、鷹狩に釣りにと遊び放題じゃ! ぐはは」
「殿、よだれが・・・」
「前久には悪いが、そちと余は今後、鷹狩と釣りに呆けるのじゃ。あ、それはさておき、今朝変な夢を見たのじゃ」
「はぁ、変な夢ですか・・・」
「左様。なんか凍った湖の上を、下駄に包丁付けてくるくる回る夢じゃ」
「はぁ・・・全く何がどういう意味なのか理解できませぬが・・・」
「そちの頭は固いのぉ、解らぬか、下駄に、包丁付けて、くるくる回るのじゃ!」
「・・・すみませぬ、また実演して見せて頂けたら解るかと」
「あーもうええわ、それより今度ワシ御池の近くの寺に泊まることになってるから、そのときに作戦決行じゃ。あさってな」
「あさって! んもーいつもながら急ですなー」
梅雨の中休み、歴史は動き、それ以上に男たちのときめきは揺れ動き始めたのである。きっとそうである。
txe 独り言

現在、お茶に関する仕事をしているため、最近近畿圏各地のお茶の産地を訪問してまわっている。
どこもお茶どころだけあって、ものすごくおいしいお茶でもてなしてくれる訳である。
ひとつ、印象的だった出来事を記したい。
先月、全国的に有名な茶の産地にある某茶業試験場にて会議があり、私もそこに参加した。名高い産地の試験場である。言うなれば、この試験場の人たちは茶のプロの中のプロ。参加者の期待は高まるばかり。当然、「さぞかし旨いお茶が飲めるのだろう」と。
しかし、誰ひとりとしてそれを口にはしない。黙ってお茶が出てくるのを待っている。ものすごい緊張感が会場を包む。あるものは配布資料に目を通す振りをし、あるものは目を閉じてすました顔をしている。不気味な光景である。もう不自然でぎこちない動きしかできない。動こうがじっとしていようが、もうこの期待と緊張感に誰も耐えられないのだ。
「粗茶ですが」ついに、待ちに待った一杯が皆の手元に配られた。しかしである。誰もが飲みたくて飲みたくてたまらないのに、誰も口を着けようとしない。もはや滑稽ですらある。憧れの一杯は、いつしか畏敬の存在に変わってしまった。これが、この一杯が、もし期待したほどじゃなかったら、この場はどうなるのだろう、と。窓の外の日差しのせいで暗く感じる会議室が低音で秒針を叩き続ける。それはどことなしか、嵐の前の静けさに似ていた。
誰からとなく、自ずと皆が茶碗に手を伸ばした。煎茶である。香りは甘く透き通っている。震える手をおさえながら、一斉に一口すする。次の瞬間、我々は顔から火が出るような思いをした。我々が無言で課した高すぎるハードルを、その一杯の煎茶ははるかに超越していた。中途半端にしては強すぎる期待と欲望を見透かされたことが恥ずかしくて、本当に赤面してしまった。そのお茶の味は、ただただ「今まで飲んだ中で最高においしい」だけだった。
後日、そのお茶を煎れてくれた方に、あのお茶についてお話を伺った。曰く、「私たちも驚くくらいおいしく煎れたお茶でした」とのこと。良い茶葉を良い水ですばらしい技術をもって煎れたのは当然ではあるが、神様は時におもしろいことをしてくれるものである。
この方が、比較的簡単に素人でもおいしく煎れられる方法を教えてくれた。水出し緑茶である。
1.煎茶15グラムに水1リットルを注いで一晩冷蔵庫で寝かす
2.翌朝、茶葉を茶こしで濾してできあがり
試しに他の試験場からいただいた茶葉で煎れてみた。ものすごくおいしい出来具合である。興味のある方はぜひ試していただきたい。そしてぜひとも、良い茶葉とお好きな水を使っていただきたい。それでもペットボトルのお茶とあまり値段的にはかわらないはずだと思う。味は言わずもがなだ。
ペットボトルのお茶は、そこそこおいしく、そして何より便利だ。しかしお茶の文化を守ること、本当においしいお茶を飲むことを考えたら、可能な限り自分で煎れていきたいものである。そしておいしく煎れられるようになりたいものだ。
txe なんか好き, 旨い飯・肴, 独り言
ひとつ前のエントリー(とは言え投稿はひと月以上前で恐縮ですが)でこねこねしたうつわが焼き上がったのだ。

いい感じである。特に妻の作った(?)小鉢と箸置きがなかなか渋い。
小鉢のつもりが、形的にも大きさ的にもお茶碗ではあるが。
次はぜひとも、ろくろを使ってか、もしくはてびねりでもいいので、かたちづくりのほとんどをやってみたいものである。
txe なんか好き, 趣味
zonさん一家をお誘いして、うちと2家族で陶芸体験をしてきたのだ。
本日お世話になったのは丹誠窯さん。すべての作品を登り窯で作る作家さんだ。

Photo by zon
今日学んだ中で一番印象的だったのは、大きいお皿を作るのはとても難しいということ。器を作る場合、お椀だろうが湯飲みだろうがお皿だろうが、上の写真のように土を上に積む。お皿の場合、これを外に広げるわけだが、乾燥する前に支えられず垂れるとか、乾燥すると口がすぼむとか、焼くと垂れるとかで形をイメージしたりキープするのが大変らしい。しかも積み方の粗がいちばん出やすいそうだ。

Photo by zon
私、これに参加することを生き甲斐に6月を生きてきただけあって、非常に楽しいひとときだった。気心知れた仲間と粘土で遊んで、飯食って買い物できることに感謝でいっぱいである。最近なぜかものすごくカリカリしたので、良い心の洗濯になった。来月の今頃には焼けるらしい。それもまた、とてもとても楽しみなんである。
txe ありがたい, なんか好き
ドタバタしていたら、もう6月!
今日はものすごくいい天気だった。娘は今日から保育園児。いつにない緊張した面もちだったが、それは親とて同じ。子供のことで一喜一憂するのも、これもまたしあわせ以外のなにものでもない。

黄花小白及 Bletilla ochracea
txe 石ころ
最近、素粒子の研究に携わる方の講演を立て続けに聴いたのだ。そのうちのおひとりは昨年ノーベル物理学賞を受賞したうちのひとりである益川先生。そのお話は期待以上にすばらしく、目頭が熱くなるのを感じた。
そんな益川先生のお言葉のうち、ふたつを紹介したい。
「科学は消去法である。肯定のために、ただひたすら否定を繰り返すのだ」
物理学は数学に次いで論理的にパワフルな学問である。それゆえ、理論構築に際し結果はきわめてシビアである。プラスでなければならないところをマイナスと出たら、それはもう理論としてはアウトであり、先は無い。そんな張りつめた状況下で、肯定するもののために、それをじゃまするものをひとつずつただひたすらに否定していく。物理学に限らず、学問は多かれ少なかれ同じ。科学者として肝に銘じておかなけらばならない、強いお言葉だった。
「科学は万能ではないが、やれば必ず進歩する」
やれば多かれ少なかれ、必ず進展する。技術は時代によって後退することもあるが、科学に後退は無い。それを心の糧にして、研究を進めよとのこと。励まされるお言葉である。
ちなみに、私は素粒子の「粒子」というものがどういう意味なのか、恥ずかしながらまだあまりよくわからないままである。詳しい方、教えて頂けたら光栄である。
txe ありがたい ノーベル賞, 研究, 科学
先月のちょうど今頃に信楽の窯元を散策したばかりだったのだが、昨日の晩におもむろに立杭焼(丹波焼)を見たくなったので、デカンショ街道を駆け抜けて親子3人篠山へ向かった。
窯元の数の多いこと! 60近くはあるみたい。
予備知識のあまりない状態では時間もかかろうし、しかも夏日なので、すべての作家さんの作品が置いてあるという「陶の郷」というところへ行くことにした。
それぞれの窯元さんに対し約1坪ずつ割り当てられた「窯元横町」という店舗があって、短時間の間に多くの作家さんの作品を見ることができる。気に入ったものがあれば買えば良いし、その作家さんの窯元へ赴いても良さ気。便利なこともあって、非常に多くのお客さんで賑わっていた。
素朴なんだけどものすごくいい感じの湯飲みがあって、「お、これすごくいいなぁ」って手に取ったら13,000円もするものだった。やっぱり良いものは高価やなぁと感じたのだが、お値打ち価格なものでもなかなかすばらしいものも多い。身の丈にあった買い物ができるところが、焼き物の良いところである。
コーヒー茶碗と小皿を購入して帰宅。次は是非とも、実際の窯元巡りをしてみたいものである。陶芸体験などの様々なイベントもあるみたいだし。現物を手にとって見て、使ってみて、そして少しだけでも勉強したらもっと面白くなりそうで困る。

txe なんか好き 焼物

仕事の合間にファインダーを覗いて、見慣れた景色をいつもと違う目で見てみるのもなかなか良いものだなぁと、サボった自分を肯定する。
txe なんか好き

それにしても、ハンミョウとやらは何故付かず離れずなんやろか?
世の中、わからないことだらけだ。
txe 独り言

桜まっさかりである。目がかすんで見える。そして、朝から眠い。春眠物質が飛びまくっているのであろう。

至近距離をチョウチョが舞う。ツマキチョウは今の時期だけ姿を見せる。
今日は阪神が劇的な逆転勝ちをおさめた。おいしいビールを飲んで、さっさと寝ることにする。
txe めでたい

地面を、ふっ、ふっ、となにかが動いている気がしたと思ったら、それはハンミョウだったのだ。まさかこんなに早く出てきているとは思わなかった。今年も暑くなりそうな予感である。
txe なんか好き いきもの
妻がいうには、娘はときおり寝返りをうつらしいのだが、今日やっと私の目の前で寝返った。これでハイハイを始めたら、もう完全に目を離せなくなる。ひとつひとつ何かができるようになることを見守る喜びに、当面は恵まれそうだ。
txe めでたい
昨日は寒くなるといいながらむしろ暑かったので、「今日も暑いやろ」と薄着にしたら、ものすごく寒かったのだ。
この寒さはしばらく続くらしい。しかし既に、桜の種類によっては散り始めているものもあるみたい。ソメイヨシノはまだほとんど咲いていない様子だが、同志社に植わっている一本のソメイヨシノだけはなぜか満開。今日は調査地の近くでモクレンがすてきな花を咲かせているのに遭遇した。冬の空が、名残惜しげにさよならを告げているのである。

txe なんか好き

北湖はひときわ水がきれいだ
おとといの日曜日はとても天気が良かったので、妻と娘と三人で琵琶湖をぐるっとひとまわりしてきたのだ。
道の駅で野菜を買ったり、湖を眺めながら妻が作ったお弁当をほおばったり、少々肌寒かったもののとても楽しかった。

NOTEも湖を眺める
それにしても中高年のアメリカンバイクライダーが本当に多かった。スズキやカワサキよりもハーレーの方が多かったし。ガレージでちまちまバイクをいじっては、こういう機会にみんなでツーリングするのもさぞかし楽しかろう。自転車組もなかなか楽しそうだった。現在ピストに若干興味を感じつつあるのだが、こういうことを考えると普通にロードバイクが欲しくなる。困ったものである。

琵琶湖大橋
txe なんか好き ドライブ, 琵琶湖

このところ仕事でも野外で写真を撮る機会が多いのだが、現実逃避したくて「あぁ、ハマダイコンの花を撮りに和歌山行きたいなぁ・・・」などと本気で考えてしまう。たかが大根の花の写真を撮るだけのために和歌山に行くとか以前は考えることもなかったし、そんなことをつぶやく同僚を理解することもなかったが、今はその気持ちがものすごくわかる。
銀塩からデジタルカメラに替わり、シロウトがRAWデータを自分で現像(という表現が妥当かどうかは別として)できる時代。これは写真を趣味にしている人からすれば夢のようなことらしいし、実際そう思う。今はUFRawを使用しているが、もう少し便利な現像ソフトが欲しいところ。コーヒーをすすりながら気に入った写真をイジイジするのも、なかなか良いものである。
txe なんか好き, 旨い飯・肴 写真
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