至らないことがもたらす幸せ
11 月 14th, 2008
至らない方が良いこともある。
私が小学校に入学した際、祖父母が学習机をくれた。ものすごくうれしかったものである。ありったけの宝物を机の至る所に配置し、意気揚々とその机でプラモデルを作ったのを覚えている。ただし、ひとつだけ至らないことがあった。
鍵のついている引き出しが、鍵がかかったまま、しかもどこを探してもその鍵が見あたらないのだ。
開かない引き出しの中には、なにかものすごく大切なものがすでに入っているような気がした。気になって気になって仕方がない。両親が祖父母に確認したところ、祖父母の家の中に落ちていたことが判明。祖母は電話で言った、「txeが遊びに来たときに渡しちゃる」。
その年の夏に祖父母のいる田舎に行くまでのわくわく感、着いて鍵を受け取って家路につくときのどきどき感は凄まじいものだった。実際鍵で開けられた引き出しの中には、私が覗きたいあまりに入れて取れなくなった数枚の紙切れぐらいしか入っていなかったが、今考えてもやっぱりあの数か月はものすごく楽しかった。それに今考えれば、両親や祖父母も、そのように振る舞う私を見て楽しかったのではなかろうか。祖父母も両親も、小さい鍵ならば郵送したらすぐに使えることくらい思いついていただろうが、どうもこの様子を楽しんでいたようである。どうやら人生には、そういった楽しみ方もあるらしい。
未分類
最近のコメント