あの時の酢昆布の味が忘れられん
って、死んだばぁちゃんが言ってた。
説明すると、こうだ。ばぁちゃんは厳しい家に育ったので、買い食いを許されていなかった。女学生だったある日、同じように買い食いを許されていなかった友人と一緒に、下校時に一度だけ駄菓子屋で酢昆布を買って食べたそうな。それだけの話。
しかし、察するにばぁちゃんは、とてつもないスリルとサスペンス、興奮にトリップしていたに違いない。まさか酢昆布の味を知らなかった訳ではなかろうから、忘れられない味付けはそれまでに仕組まれていたシチュエーションに負うところがほとんどだろう。ただ親に禁止されているというだけで、たかが酢昆布でなんと幸せなことだろうか。
私の場合、それに相当するのは小学生時代の「花火」だ。もちろん、家族でするのではない。3年生くらいだったろうか。友達とわざわざ自転車で隣町まで行って、ドラゴンとかネズミ花火とかを少ないこづかいで購入し、当時開拓中だった造成地で耐えきれずに明るいうちから火を付けて遊び始めた。
もちろん、ドラゴンやネズミ花火がどんなものかを知らなかったわけではない。子供が火遊びしちゃいかんと指導されている中、こっそり父のライターを持ち出し、人目につかないようこっそり買い出し、子供だけで花火をしたというシチュエーションに興奮したのだろう。しょうもないことだが、それが楽しかったのだ。まぁ、今思えば別に隣町まで行かなくても近所のおもちゃ屋で購入してもなんら問題は無かっただろうし、当然おもちゃ屋というのは子供に対してそういう配慮をするものだった。それに当時は、「とうちゃんのおつかいで」と言えば、子供でもタバコや酒が買えた時代だ。そういう風潮を良しと言っているのではない。人が楽しむのって、束縛とその抜け道みたいなものが結構重要じゃないのかなって、かつてもそう思っていたし、最近もやっぱりそうじゃないかなって再び感じてしまう。
このテーマについてはまたおいおい述べるとして、ばぁちゃんは親に買い食いを禁止されていて本当に幸せだったよなぁって思う。私も、子供は火遊びしたらアカンって教育されて良かった訳だ。ただ、今ふっと頭をよぎったのだが、このような思考回路の私はマゾなのか?
最近のコメント